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『 真価と進化 』

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2016.10.27号
神と仏が共存する国

こんにちは。
株式会社シンカメールマガジン『 真価と進化 』編集局です。

先週の夏日には戸惑いましたが、着々と秋冬の様相を帯びてきましたね。

最近、週末にあまり街中に出ていなかったのですが、
先週末久しぶりに表参道を歩いていると、
人の流れにうまく乗れず、すれ違う人と何度かぶつかってしまいました(苦笑)
平日にはそんなことは起きないので、無意識に都会武装をしているのかもしれません。

この秋冬は、紅葉や雪景色を眺めながら、
心身とも癒しを求めて、温泉旅行にでも出かけたいと思います。

それでは、『 真価と進化 』2016.10.27号、最後までお付き合いください。


神と仏が共存する国


9月のシルバーウィークに、大阪・京都を旅行で訪れました。
京都は高校の修学旅行、大学での一人旅(高速バス)以来でしたが、
何度行っても時間が足りず、今回も2万歩以上歩きながら、寺院を巡りました。

寺院のなかに神社が祭られていることについて、「神仏習合」という
言葉は知っていたものの、自分のなかで腹落ちがしておらず、
ちょうど現在読み進めている本に、「納得!」の内容がありましたので、ご紹介いたします。
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(以下引用)
古代西洋人は、多神教的なギリシャ神話の世界観を持っていましたが、
紀元ゼロ年前後にキリスト教が成立してからはその一神教的価値観に一掃されてしまい、
多神教的文化は、教養としては残りましたが、宗教としては力を失っていきました。

これに対し、日本では、紀元五世紀頃に仏教が伝来した後も、神道的な考え方が
そのまま残りました。仏教を受け入れ、神道と混ぜ合わせて日本的な仏教へと
進化させたのです。

なぜ、多神教的な世界観が、多くの国では一掃されたのに、日本では生き残ったのか。
理由の一つには、後から入ってきた宗教が、これから述べる仏教だったから、と考えられるでしょう。

多神教的な価値観の次に出てくる考え方は、多神教の否定であると考えられます。
多神教を否定する方法は二つあります。一つ目は、神は一人であると考えること。
二つ目は、神はいないと考えること。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの一神教は、もちろん、神は唯一絶対であると
考えます。一方、仏教には本来神がいません。すべては無であるということが教えの中心です。
神が大勢でないなら、神は一人かゼロ人か、どちらかですよね。
ですから、両方の考え方が出てきたというのは納得感があります。

で、多神教の世界に両者が入ってきたらどうなるでしょうか。
多神教と一神教はお互いに否定する関係なので、どちらか強い方が生き残り、
他者は淘汰されると考えられます。実際にそうなりました。

多神教の世界に、神様はゼロの思想が入ってきたらどうなるか。たくさんかゼロかの
争いですから、どちらかがどちらかを淘汰してもよさそうです。しかし、日本では
そうはなりませんでした。

「仏教の無の思想でどんな人も救われるのなら、神様も救われると考えればいいじゃん」

人々は、なんと大胆なことに、そう考えました。神を仏により救うために、
多くの神社に神宮寺が設けられたのです。逆に、寺院に関係のある神を寺院の守護神、
鎮守として祭るために寺院の元に神社が建てられたりしました。

すごいですよね。この融合力。
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引用:「幸せの日本論 日本人という謎を解く」 前野隆二(角川新書)

神と仏が共存できている日本に、もはや不可能はないのでは!?と
妙な自信が生まれてきました。
「無」であるからこその日本の強み、融合・共存力をこれからも発揮しながら
世界に価値を発揮できる国でありたいと思います。

編集後記

前述の大阪・京都旅行は両親と一緒だったのですが、
台風直下のなかでのユニバーサルスタジオは、アトラクションの水しぶきどころか
嵐のなかで全身水浸し。でも、旅行中はそれすらも楽しくはしゃいでいました。

道頓堀名物グリコの前で、グリコのポーズをして写真に写る
母親を見て、ほのぼのする気持ちとともに、血は争えないか…と感じる
場面もありました。でも、いくつになっても子どものように
はしゃいでその瞬間を楽しむ気持ちは持ち続けたいものです。

では、次回もお楽しみに!

(山内 綾子)