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『 真価と進化 』

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2018.08.08号
なぜ戦争はなくならないか?

この度の、西日本豪雨の影響により被災された皆様に、
心よりお見舞い申し上げます。
皆様の安全と、一刻も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
 
あと1週間で終戦記念日の8月15日がやってきます。
甲子園の開幕とともに、1年に1度、戦争について考えさせられる季節が来たなと
感じます。今年で戦後73年だそうです。
現在の平和な日本には想像もつかない時代があったことを忘れてはなりません。
 
世界第1位と第2位の経済大国の貿易戦争が叫ばれると同時に、
第一次世界大戦のきっかけは貿易戦争だったと報道では語られることがあり、
世界が誤った方向に向かわないことを願うばかりです。
そして、そのきっかけをつくらない社会に変えていかなければならないと
身が引き締まる想いになります。
 
さて、私は普段NHKを見る習慣がありますが、
最近はさらに勉強になる番組を求めて、ついに放送大学に辿り着きました。
 
演出としては眠くなるものも多いのですが、地球環境・人口減少社会・
中央銀行の役割・データサイエンス・セクシャルマイノリティ・宇宙・芸術など、
テーマはこれからの社会に必要なエッセンスが語られている授業が多く、
集中して学ぼうとすれば、とても有意義な放送です。
 
今回は、放送大学名誉教授の高橋和夫先生のシリーズ最終回で語られていた
「なぜ戦争はなくならないのか?」というテーマについて、
ご紹介させていただき、戦争を二度と起こさないヒントを探りたいと思います。
 
それでは、『 真価と進化 2018.8.8号』、最後までお付き合いください。


なぜ戦争はなくならないか?


高橋和夫先生の講義では、戦争がなくならない理由をもっとも的確に言い当てて
いると思えるのは、あの「創造的破壊」という概念を提唱した経済学者の
ヨーゼフ・シュンペーターの言葉だと紹介していました。
 
その言葉とは、以下のとおりです。
「戦争は、非合理的なものである。戦士階級が生存理由を求めて
戦争を続けているのだ。」
 
その意味するところを、高橋先生は以下のとおり解説しています。
「世界には、戦争を目的、生業とする人々が存在し、またそうした人々は
戦争という生き方しか知らないから」だと言います。
私たちは戦争と聞くと、それがそれらの国の国家戦略であるように考えがちですが、
政策や主義、体制とは関係のないところに戦争が繰り返される原因がある、と。
 
 
なるほど、そう聞くと、池上彰氏が「なぜ世界から戦争がなくらないのか?」
という番組をやっていたのを思い出しました。
そこでも「戦争はビッグビジネスだから」という観点の指摘がされていました。
 
アメリカの軍需産業は73兆円、関連企業は14万社あるそうです。
軍需産業には、軍用食、軍服、フェイスペイント、人工衛星、軍艦、戦闘機、
銃器、弾薬、ミサイルなど幅広いカテゴリーが関わってきます。
 
さらに世界には、「民間軍事会社」という民間が設立した戦闘要員と警備員の
派遣会社が存在するそうです。その推定市場規模は数千億円~12兆円。
現在は、「戦争・テロの民営化」「戦争・テロのアウトソーシング」が
進んでいるとの指摘がなされています。
 
戦争によって収入を得ることを多くの国民が実感のない
我々日本人にとってはにわかに想像できませんが、
理解したくはありませんが、一つの真実かもしれません。
 
 
ところで、池上彰氏の番組では、
国民を戦争に向かわせた指導者の言葉が取り上げられています。
意外と目にすることがなかったので、戦争が始まる原点で、
何が思われていたのかを知るよい機会だと思ったので、以下にご紹介します。
 
<ドイツ> アドルフ・ヒトラー
「私の人生は、国民ドイツ復興のための戦い以外の何物でもない。私は一つの
単語を習ったことがない。それは「降伏」である。これからの私は
ドイツ帝国第一の兵士である。私はもう一度自分にとって最も神聖で大切な
軍服を身に着ける。勝利が確かなものになるまで、再び脱ぐことはしない。
ドイツの勝利、万歳!」
 
<日本> 東條英機
「帝国は現下の時局を打開し、自存自衛を全うするため、断固として立ち上がるの
やむなきに至ったのであります。建国2600年、われらはいまだかつて戦いに
敗れたことを知りません。この史蹟の回顧こそいかなる強敵を破砕するの確信を
生ずるものであります。」
 
<アメリカ> リンドン・ジョンソン (ベトナム戦争開戦時)
「わが軍に直接向けられたこの新たな攻撃行動は、合衆国の私たち全員に
東南アジアの平和と安全のために戦う重要性を再び思いしらせました。
アメリカ軍に対して繰り返される暴力行為には警戒的な防衛のみならず、
積極的な報復でもって応じなければならない。」
 
 
ドイツ復興のため、自存自衛のため、平和と安全のため・・・
宗教、人種、収入、生存理由など、つまり人間は「自己を守る」ために
戦うのではないかと、おぼろげながらに思いました。
 
私などが非常に複雑な戦争が起きた理由などを語るのはとてもおこがましいですが、
少なくとも、自己を守るためでなく、与えるために戦いたいものです。
そのような社会にどうしたら転換できるか?
生涯のテーマにしたいと思います。

編集後記

今回は戦争という重苦しいテーマを選んでしまったので、
暑い夏で思い出した、私の高校球児時代の体験を一つご紹介したいと思います。
 
1000本ノックを受けたことはありますか?
私は、岩手県の高校野球雑誌の「エラー数ランキング」で
県No.1をとったことがあります!
なぜかというと、硬球は「痛い」からです(笑)
痛いので、つねにボールを避けながらキャッチしようとしていました。
 
そこで、見るに見かねた監督・コーチたちが1000本ノックをすると言い出しました。
私は根性には自信があったし、辛いのも嫌いではないので、
はい!お願いします!と答えて、意気揚々と1000本ノックに突入しました。
 
ところが、猛暑の中実際始めてみると、30本くらいで足は止まり、
腕は上がらなくなり、息は苦しくて、もうノックにならなくなりました。
それでもボールは飛んできます。
1時間半経った頃、まだ300球くらいだったと思いますが、その頃には
意識は朦朧とし、硬球のボールが体に当たっても全く痛みを感じません。
ただ、ボールが向かう方向に、体を傾けて倒れこむだけです。
そして、とうとう体は痙攣し、寒気を感じ、失神して倒れてしまいました。
その時点で1000本ノックは終了しました。
 
後日、練習に臨むと、なんと不思議、ボールが怖くないのです。
キャッチングの練習としては30本目くらいまでしか意味を成していませんが、
その後の270本のおかげで、恐怖感が取り除けたのです。
 
現代にこんな話は虐待だと騒がれるかもしれませんが、たしかに効果はありました。
何でもネットで調べれば、ハウツーとリスクがわかる時代です。
しかし、恐れは繰り返し痛い思いをすることで乗り越えられるのかもしれません。
 
あの時の苦しい経験が、今の自分を支えていることは間違いありません。
高校球児時代のストイックな自分を思い出して、
痛い思いをしても、チャレンジを繰り返していきたいと思います。
それでは、次回メルマガもお楽しみに!
 
(田中 裕也)