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『 真価と進化 』

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2026.2.12号 VOL.321
変革期を振り返る(Vol.1)「あの時、私はこう思っていた」

こんにちは。株式会社シンカの元社員(現・業務委託)の武田と申します。
いつも、メルマガをお読みいただき、ありがとうございます。

おかげさまで、シンカは昨年、創業30周年を迎えました。
これまでシンカは、創業期・成長期・衰退期・再生期を経て、現在は、
第二創業期から「第二成長期」へと歩みを進めています。

過酷な時代であった「衰退期」から現在に至るまでを経験し、今もなお、
第一線で挑戦を続ける社員と、当時を振り返る座談会を行いました。
変革期を乗り越えた我々の経験は、皆さまにとっても何かの気づきに繋がるのではないか
という思いから座談会を企画し、生々しい声をお届けすることに致しました。

私は元社員ですが、現在も一部業務に携わっており、本座談会では聞き手を担当しました。

激動のなかで社員は何を感じ、どう判断し、どんな行動をしてきたのか。座談会の会話から
現在のシンカの姿勢やサービスにもつながる、私たちの価値観が垣間見えると思います。
全4回に分けて配信いたしますので、ぜひお付き合いください。

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【第一回 座談会 Vol.1】
<テーマ>
業務命令により、突如突き付けられた営業職とCS職(※)の兼任。
経営悪化を改善するため、会社は従業員に多能工化を求めたが・・・
※クライアントサービス職
(企業の採用支援アウトソーシングの実務担当)

<メンバー>
田中 裕也(代表取締役社長)、山内 綾子(ディレクター)、分部 理恵(マネジャー)、
村井 一美(プロジェクトマネージャー) 聞き手:武田 圭(元社員)
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武田:田中さん、改めて当時の状況を教えてください。

田中:当時は大手企業の採用支援アウトソーシングがメイン事業で
採用シーズンに売上が大きく上がり、それ以外の閑散期は小さな案件を対応しながら
営業活動を行い、事業を継続している状況でした。
過去に行われた自社システムへの大規模な投資等の影響もあり、経営状況は芳しくない中、
リーマンショックや採用時期の大幅変更など市場が大きく変化しました。
年間9ヶ月単月黒字だった経営状況から、年によっては4ヶ月しか単月黒字化をしない、
という大変な危機に瀕していました。そんな中でも人件費は支払わなければならない。
そこで、これまで分かれていた営業とCS業務の兼任を社員に求めることを決断しました。


武田:田中さん以外、3名とも、当時はCS職だったようですが、
突如突き付けられた営業との兼任について、どう思っていたのですか?

山内:当時は、経験を積んで、ある程度、効率的に業務を回せるようになっていたのに
それでも毎日夜遅くまで働いている状況でした。
それなのに、なぜか赤字。なんでこんなに忙しいのに赤字なの?とずっと疑問に思ってました。
上司が「派遣社員の為に確保していた人件費を結果的に使わなかったから、その分利益が増えた」
と期末に言っていたのが衝撃的だったのを、今でも覚えてます。会社の計画性の無さというか・・・。
兼任については、今でもかなり忙しいのに「営業する時間がどこにありますか?」
と思って、抵抗感があったのは覚えています。
上司から「この案件の担当できる?」と言われて、その上司に対して
「あなたの方が早く帰っているので、あなたがやったらどうですか?」
とメールを送った記憶があります(笑)

村井:私の場合は、"コンサルタント"という肩書きにものすごく抵抗がありました。
すごい提案資料を作って、すごく気構えてお客さんに提案にいくのがコンサルタントのイメージ。
それまでは営業担当がやってくれて、一緒についていくだけだったから良かったけど、
「え!?これから、あれを私がやるの!?面倒だし、そもそもできない!」と思ってました(笑)

分部:私も抵抗感ありました。それまで企画書を書いたことがなかった。
経験してきた採用業務の知識しかないから、それ以外のことにおいて、
高い視座で企画を考えて提案する営業の仕事に対して、
「やったことないし、出来る気がしない」という不安が大きかったです。
それまでは営業担当が提案・受注していたけど、今度は自分でやらなきゃいけなくて、
自分に対して値付けして、「これだけ価値があります、お仕事ください」
ということに対しての恐怖っていうのかな、
そのマインドチェンジが一番の抵抗だったなと思いますね。


武田:田中さんは、元々営業でしたが、兼任についてはどう思っていたんですか?

田中:「普通にみんな出来るでしょ!」と思ってました(笑)
逆に営業の立場からすると、採用システムの細かい運用の話とか業務の話になると、
分からないから、CS担当連れてきます!と言って、自分は同席するだけ。
自分一人で訪問しても、お客さんの要望をCS担当に伝えて、CS担当が業務イメージと
見積作って、それを自分が出すだけだったから、営業価値ゼロだなって思ってたんですよ。
そこに、クリエイティブとか新しい企画案件の相談が入ったら、
その時は営業の価値があったと思っていますけど。
案件の振り返り資料もCS担当が作って、その資料を見て営業担当が話すんです。
実際に業務してるCS担当の方がお客さんのことを理解してるんだから、
CS担当が営業することになっても、全く問題ないと思っていましたね。


武田:田中さんと皆さんとで捉え方がずいぶんと違っていましたね(笑)
皆さんかなり抵抗感があったようですが、どうやって乗り越えたんですか?

村井:そうですね、ものすごく抵抗感がありましたが・・・

※続きは、また来週お届けします!お楽しみに!


編集後記

シンカの歴史に沿うと、私は、再生期の終わりから第二創業期に加わりました。
入社当時は、様々な感情の社員が入り混じっていたからか、私にとっては、
なんだか少し不穏な雰囲気を感じる職場だったことが記憶にあります。(苦笑)

そんな中でも、仕事に対して懸命に、本質を追い求めて働く先輩方に
魅力を感じ、気が付けば長く働いていました。
退職後の今でも、尊敬している先輩方の当時のお話を
こうして伺うことができ、嬉しく思っています。

今回は、営業職とCS職の兼任を受けて、どう思ったのか。という視点でしたが、
普段、文句を言わない先輩方でも当時の心の中は、大荒れだったのですね。

次は、どう乗り越えたのか?という視点です。次回もお楽しみに!

執筆者プロフィール

シンカ元社員(現在は業務委託でシンカの仕事を一部請け負う)
武田圭

1991年生まれ。秋田県湯沢市出身。地元商業高校を卒業後、新卒で都内の鉄道会社へ就職。
転職経て、2016年に株式会社シンカへ入社。企業の採用支援アウトソーシングを中心に担当。
お客様に寄り添えるシンカの仕事にやりがいを感じていたものの、
夫婦での長年の夢であった世界一周旅行へ旅立つため、シンカを退職。
244日の旅を終えた後、課題先進県の地元秋田で地域創生の一助となれるよう
地域密着型の旅行会社を創業し、日々奮闘している。
秋田県湯沢市からのフルリモートで、シンカの仕事を一部請け負っている。